松山地方裁判所 昭和25年(行)20号 判決
原告 上田雅夫
被告 愛媛県農業委員会
一、主 文
訴外満穂村農地委員会がなした愛媛県喜多郡満穂村字土井の沖甲六百八十一番地ノ二畑三畝十五歩の売渡計画決定を取消す旨の昭和二十四年十二月二十日付被告の裁決は之を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その請求原因として主文掲記の農地は法人である訴外満穂神社(以下単に神社と称す)の所有地であつたが昭和二十三年二月二日自作農創設特別措置法(以下自創法と称す)第三条第五項第三号の法人所有の自作地として買収せられ昭和二十四年六月三日訴外満穂村農地委員会(以下訴外委員会と称す)は右農地を原告に対し売渡する旨の売渡計画を樹立したところ訴外中岡徳道は訴外委員会に対し異議申立をなし、之を却下せられるや被告に対し訴願し、これに対し被告は昭和二十四年十二月二十日主文掲記の裁決をなしたものである。然しながら本件農地はもと原告が地主である神社より賃借耕作していて昭和二十年六月神社に返還し、以後神社の社掌である訴外中岡政夫が社掌として耕作するに至り神社の自作地となつたものである。その後中岡政夫は神社の社掌を辞職し昭和二十三年十一月松山市に転住し本件農地は以後中岡徳道が中岡政夫から依頼をうけてその被傭人として耕作に従事していたものであるから中岡政夫は勿論中岡徳道も本件農地についての小作農ではない。
而して原告は前掲のように本件農地を耕作していたことがあり、しかも該農地の周囲には原告の耕作にかゝる農地が近接していて、自作農として農業に精進する見込があり、且買受の申込をなしたので訴外委員会は原告を本件農地の売渡の相手方と定めて、本件売渡計画を樹立したのであるから該計画は適法且正当である。従つて之を取消した本件訴願の裁決は違法であるからその取消を求めるため本訴に及んだと陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、原告請求原因事実のうち本件農地が昭和二十三年二月二日自創法により買収せられ訴外委員会が該農地を原告に売渡する計画を樹立したので、中岡徳道が同委員会に対し異議申立をなし之を却下せられたので被告に訴願し、これに対し被告が昭和二十四年十二月二十日主文掲記の如き裁決をなしたことは認めるが、中岡徳道は訴外委員会の承認をえて、中岡政夫より本件農地の耕作権の譲渡をうけ耕作しているのであるから本件農地の小作農であり且本件売渡計画樹立前買受の申込はしていないが、該売渡計画を知り驚いて訴外委員会に対し異議申立をなしたものであつて、これが買受の申込になるのであるから、当然本件農地は中岡徳道を売渡の相手方とすべきものであり、これに加え原告は本件売渡計画前買受の申込はなしておらずまた本件農地について何等耕作権を有するものでないのであるから結局原告を売渡の相手方と定めた本件売渡計画は違法であり之を取消した本件裁決は適法であると述べた。(立証省略)
三、理 由
本件農地が昭和二十三年二月二日買収せられ訴外委員会が該農地を原告に対し売渡する計画を樹立したので訴外中岡徳道が同委員会に対し異議申立をなし、却下せられたので被告に対し訴願し、これに対し被告が昭和二十四年十二月二十日主文掲記の如き裁決をなしたことは当事者間に争いのないところであつて右売渡計画樹立の日が昭和二十四年六月三日であることは証人片山繁波(第二回)同大木浦太郎の各証言及び原告本人の供述を綜合して認めることができる。(此の点に関する証人片山繁波の証言(第一回)は措信しない。)而して本件農地が買収当時法人である神社の所有地であつたことは証人上田熊雄、同片山繁波(第二回)同中岡政夫の各証言を綜合してこれを認めることができ、訴外委員会が本件農地を中岡政夫を小作農とする法人所有の小作地と認定して買収計画を定め、これに基いて買収がなされたことは証人片山繁波の証言(第二回)によつて明らかである。然しながら買収当時中岡政夫は神社の社掌として本件農地を耕作していたものであることは証人片山繁波(第二回)同伊賀鶴衛の各証言を綜合して認めることができるのであつて、中岡政夫が個人としてゞなく社掌として耕作していた以上その耕作は神社の所有権自体の行使と認むべきであるから、本件農地は買収当時は法人所有の自作地であつたものというべきである。而して神社の営む耕作の業務は特別の事情なき限り神社の主たる業務の運営に欠くことができないものとは考えられないから、本件農地は自創法第三条第五項第三号の自作地に該当し、これが客観的に正当な買収原因であるといわなければならない。処で、売渡の相手方は当該農地が買収に際し自創法のいずれの条項に該当するものと認定されて買収されたかによつて定まるものであるが、これは右認定が客観的に正当な場合に関するものであつて、買収に際して認定された買収原因が客観的に誤つている場合は、これに拘束されることなく客観的に正当な買収原因を基礎としてこれを定めるべきものであると解せられるから、本件売渡の相手方は、本件農地が自創法の前掲条項を買収原因として買収されたものとして、これを定むべきところ、本件農地が買収当時自作地であつたことは前掲認定のとおりであるから、買収時には、該農地について小作農はなく、その後、仮りに被告主張のように中岡政夫が中岡徳道に対し耕作権を譲渡する旨の意思表示をなしたとしても、本件農地は買収当時自作地であつたのであるから昭和二十三年二月二日買収されて政府の所有に帰した際には、該農地には自創法第十二条第二項により当然設定されたと看做されるべき賃借権その他該農地を耕作しうべき権利は存在しないのであつて、政府が特に中岡政夫に対し該農地を賃貸するなど、これを耕作しうべき権利を設定したような特段の事情の認めることの出来ない本件に於ては中岡政夫が中岡徳道に対し耕作権を譲渡することは法上不能であり、従つて何人も本件売渡計画樹立の際、本件農地につき耕作しうべき権利を有しなかつたと認めるの外はない。而して原告本人の供述によれば本件農地は神社が昭和十六年十二月八日以後において個人から買受けたものではないことが認められるから、結局該農地は自創法施行令第十七条第一項第七号所定の農地で同条同項第一号又は第三号の小作農のないものに該当する。従つて本件農地は、自家労力によつて耕作の業務を営む者でその業務を営む農地の面積が当該労力に比べて著しく不足しているもの、買収の時期において当該農地に就いての耕作の業務に従事するため常時雇われている者、その他自作農として農業に精進する見込のある者の中から訴外委員会において当該農地を売渡すべき相手方と定めたもので且、買受の申込をなした者に売渡すべきであるところ、原告本人の供述によれば本件売渡計画当時原告は田二反二歩、畑一反五畝を自作しており、その稼動人員は五名であつたことが認められ且、成立に争ない甲第九号証及び証人大木浦太郎の証言によれば、該農地は原告の住居から極く近く、その周囲には原告の耕作する農地が近接していることが認められるから該事情から原告は自作農として農業に精進する見込がある者というべきであり、訴外委員会が本件売渡計画樹立に際し、原告の耕作する農地が、本件農地の周囲に近接し、且原告方住居より最も距離的に近いから原告を売渡の相手方と定めたものであることは証人大木浦太郎の証言によつて認められるから、これは畢竟原告を自作農として農業に精進する見込ある者として売渡の相手方と定めたものというべく、且原告が本件売渡計画前、訴外委員会に対し本件農地の買受申請書を提出したことは証人大木浦太郎、同松本繁衛、同片山繁波(第二回)の各証言によつて認められるところである。尤も被告に於て原告は右の如き適法な買受申請をしなかつた証拠として提出する乙第一号証(買受申請書)は原告において曩にその成立を自白した後右は真実に反した錯誤によることを理由に之を取消したものであるが、証人大木浦太郎、同松本繁衛、同片山繁波(第二回)の各証言による右認定事実及び乙第一号証(買受申請書)の作成日附が昭和二十五年六月三日とありそのうちの五を四に訂正した形跡があり、昭和二十五年になつてから誤つて昭和二十四年と記載することはよくあるが、昭和二十四年にまだ到来しない年を書き違えることは特別の事情なき限り通常ありえないことであるから、該買受申請書は昭和二十五年に作成されたものと認められることを彼此考え合せると該自白は真実に反するものと認むべく、したがつて、反証なき限り錯誤にいでたものというべきであるから原告の自白の取消は適法であり且乙第一号証の成立に関する証人和泉頼道の証言(第二回)は措信し難い。而して訴外中岡徳道が本件売渡計画前買受の申込をなしていないことは被告の自認するところであり、かりに該計画に対する異議申立が買受の申込に該当するとしても、買受の申込をなしうる時期については法令上直接の明文はないけれども自創法第十八条第二、三項の規定から推考すれば買受申込は売渡計画樹立までになさなければならないものと解するのが正当であるから、右買受申込は不適法である。従つて原告を売渡の相手方とする本件売渡計画は、適法且正当であるから、之を取消した本件訴願裁決は違法である。仍つて之が取消を求める原告の請求は結局正当であるからこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決した。
(裁判官 伊東甲子一 橘盛行 荻田健治郎)